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はっけん 

先週、先生に見てもらう日。
脚側中の注視を切らさない事を、うーんと細切れに教えて行く練習
をしてた。
この日はいつもよりもっと基本姿勢~初動を詰めていって、そこから
いつもの申告~滑り出しへと繋いで行く。その繰り返し。
そしたら今まで先輩の練習中の脚側を見ていて「すごいなぁ。。
どの動作中でも注視が切れないし、課目ごとの開始で同じ様な滑り
だしが出来ている」って感じてたけれど、どうしてそうなるんだ?
ってトコが掴めてなかったものの一部が突然分った。

そっか。。この部分だったか。
全ての課目は基本姿勢に始まり、基本姿勢に終わる。
このパーツは小さいけれど、それを育てていければ最大の繋ぎに
出来るんだ。
ここの注視と初動を磨いていくと、各科目を繋いで全体を組み立
てていけるんだ。。
なんかすごい発見した気分。



でもね、ある動作を細かく細かく切って教えて行くって事をやり
慣れてないので、この練習の現段階ではこう動いけたら褒める!
って結果だけは分っていてもそこまで持って行く細かな過程が
イメージ出来てなくて、どこでどういった誘導を入れるのかも
先生と話して試しながらやってく。

どこまでを褒めとして許容するかも曖昧だと、犬にはすぐに伝
わっちゃって、ラビ子なりの最短距離というかグレーゾーンを
突いて来る。
なので先生が褒める所を合図したり、私の身体の動かし方を指摘
する。
こうゆう風に人に動かされる事ってあまりないので、私の側がぎこ
ちなくて「うりロボ」状態(笑)

あーこれって私が先生にハンドリングされてるんだ。
今、先生にハンドリングされてる犬の気分~(笑)
とか思う。んー


でもって、私が慣れないで「こうかな?」って考えたり、伝える
方法を瞬時に出せなくて、内心じれじれする内容なもんでアタマが
疲れて来る。。
そうすると「もーしんどっ!」「もーそろそろおしまいっっ」と心
でピヨピヨ鼻笛慣らしてる様な感覚。。
(だども先生は笑顔で「まだまだやりますよ~」とやさし~く
おしゃる)
あーこれって、人が何伝えたいのか分らない練習で気持ちが疲れて
鼻ピー言ってる犬の気持ちだわ(笑)
・・私のヘタクソハンドリングでも「やってらんねーよっ!」
とか文句言わないラビ子は偉い。


訓練って犬とスポーツを通して共通理解を作っていくもので、動
きや何かを「教える事」だけの様に見えるけど、それは違う。
教えるには自分が理解していかないと、ただの「教えたつもり」
にしかならない。
あと、やっていると自分の事・・姿勢や歩き方・視線や声といった
身体の動きと、その動きをさせている自分の心の中味。。欲求とか
「よくみせたい」
「よくみせなきゃ」
「出来るって思われたい」
虚栄心とか自分にも隠してる様々な「自分自身」がよく見えて来る
ものだなとつくづく感じます。
「犬は自分の写し鏡」これって普段の生活だけでなく、スポーツでも
同じ。
犬を見る事と同時に自分を見られて、色んな発見があるのはとても楽
しいし、為になってます♪


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